みなさんは「死の谷」(デス・バレー)という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか?これは、新規事業やスタートアップが直面し、事業を成功させていく上で乗り越えなくてはならない障害を形容した言葉です。「死の谷」というなかなかインパクトの強い言葉からもわかるように、もちろんポジティブな意味ではありません。しかし、新規事業を成功させるためにはほとんどの場合避けては通れないものであり、この「死の谷」を前にして挫折してしまったり失敗してしまった新規事業は数多くあります。
そこで本記事では、この「死の谷」を乗り越えるための方法を中心に解説をしていきたいと思います。これから新規事業を立ち上げようとしている方はぜひ事前知識として、今まさに直面している方はそれを乗り越えるための参考資料の一つとして、本記事を読んでいただければと思います。
■新規事業における「死の谷」とは?
—そもそも「死の谷」とはどのような定義の障害を指す言葉なのかを解説します。
■「死の谷」が発生してしまう3つの要因
—障害はないに越したことはありません。しかし、多くの新規事業で直面してしまうのがこの「死の谷」です。なぜこのような障害が発生してしまうのか、その原因について解説します。
■「死の谷」を避けるための4つの事前対策
—直面しやすいとはいっても、できることなら避けたいのが「死の谷」です。障害をできるだけ避けるための事前対策をご紹介します。
■「死の谷」を乗り越えるための3つの方法
—新規事業において実際に「死の谷」に直面してしまった場合どのようにすれば良いのでしょうか?「死の谷」を乗り越えるための3つの方法を解説します。
■まとめ

新規事業における「死の谷」とは?

まずは「死の谷」というのがどのようなものなのか、というところから整理していきたいと思います。
まず、この「死の谷」というのは開発と事業化の間に存在しており、アメリカの米国標準技術局(NIST)が作った概念です。
そもそも、新規事業におけるアーリー期では、製品やサービスの開発段階から販売に向けた活動が活発化する段階です。そのため、それを事業化するまでは本格的な売り上げがないため資金の流入はありませんが、開発や認知向上のためにはもちろん経費が必要であり、大きな支出により赤字が続く状態となります。
シード期で検討していた技術などを製品化するのに十分な資金が集まらず、予想していたよりも波に乗れないということは十分に考えられるのです。このような状態が継続してしまうと、会社の資金が底をついてしまい、新規事業やスタートアップは失敗してしまうというケースが多くみられるのです。
このように資金が枯渇してしまいそうになった状態のことを「死の谷」と呼ぶのです。これは、実際にカリフォルニアにある砂漠から名付けられています。ただ単に資金が不足しているというよりは、企業が利益よりも優先して資金を投下することで、新規事業の開発や認知度を拡大するために発生するという特徴を持っています。
アメリカなどでは比較的アーリー期での投資というのが積極的に行われていますが、日本はそうではないのが現状です。したがって、日本の場合は特に「死の谷」に直面しやすく、注意しなければならない障害と認識する必要があるでしょう。
アーリー期というのは、最も資金難に陥りやすいフェーズでもあるため、この「死の谷」をどのように乗り越えるかが、その後の企業の生き残りに大きく関わってくるのです。
「死の谷」が発生してしまう3つの要因

市場調査の甘さによる顧客不足
「死の谷」が発生する理由として挙げられるのが、市場調査の甘さによる製品・サービスの方向性とニーズの不一致による顧客不在です。顧客が興味を示さないタイプの「死の谷」は、顧客分析のやり方が間違ってしまっている際に起こりがちです。消費者のニーズを無視して、独りよがりの分析や調査を行ってしまうと、ニーズとの乖離が起こってしまい、いかに製品やサービスが素晴らしいものであっても、多くの顧客を獲得することは難しくなるでしょう。
経営層とのコミュニケーションの不足
また、事業の初期段階での成功基準が曖昧で、経営層との予算に関するコミュニケーションがしっかり図れていないということも要因の一つとして挙げられます。それにより、予算の確保が難しくなってしまうのです。予算不足のタイプの「死の谷」は、経営層とのすり合わせができていないことが主な原因です。
一部署の従業員が、非常に魅力的なアイデアを出してくるというのは往々にして起こりうることですが、経営層と新規事業担当者のコミュニケーションが十分に取れていなければ、経営層側としても的確な投資判断は下せません。特に、従業者側に予算の裁量権を与えていない企業の場合には、この点にしっかり注意して改発体制を整えるようにしましょう。
モチベーション低下による「成果の不在」
最後に、モチベーションも「死の谷」に陥ってしまう要因となります。いくら優れた技術やノウハウを自社が持っていたとしても、成果が目の前に現れなければ長期間モチベーションを保つのは難しくなってしまいます。さらにその過程で新たな問題が発生してしまうと、前進ではなく、むしろ後退していると感じてしまう従業員も少なくないでしょう。このような「成果の不在」は、従業員全体のモチベーション低下に繋がり、最終的に会社が「死の谷」に陥る原因をつくってしまうことになるのです。
上記の3つのタイプのいずれか、もしくは複数が要因となることで、売り上げが伸びず予算の確保ができない→開発、改良、人材に投資ができない→売り上げにつながらない、という負のループに陥ってしまい、最終的には資金不足となり「死の谷」に転落してしまうのです。
「死の谷」を避けるための4つの事前対策

それでは「死の谷」を避けるためには事前にどのような準備をしていれば良いのでしょうか。ここでは、そのセオリーを4つご紹介します。ぜひこちらを参考にして自社に適したかたちで実践してみてください。
持ち堪えられる期間を計算する
まずは、自社にとっての「死の谷」の深さを知ることが重要です。言い換えると、「持ち堪えられる期間、活動可能期間を計算する」ということになります。
そのためには、現在自社にあるキャッシュに対してどれだけの支出があるのか、バーンレート(1ヶ月に支出されるコスト)を計算します。単純な計算ですが、「キャッシュ➗バーンレート」を計算すれば、そのままのペースでいけばだいたい何ヶ月間活動できるのかをざっくりと出すことができます。
さらに、次の資金調達までの期間を見越して問題がないかどうかを見定めなければなりません。もし、難しいと判断される場合には、「キャッシュを増やす」「バーンレートを下げる」などの対策を進めなければなりません。
アーリー期に適した資金調達を行う
キャッシュを増やす方法の一つとして一番わかりやすいのが資金調達です。しかし、すでに述べたようにアーリー期での資金調達は容易ではありません。
資金調達の方法で代表的なものといえば銀行融資ですが、この時期にはあまり向いている方法とはいえません。まだ信頼を得られずそもそも受けることが難しいということもありますし、経営者にとってもリスクとなる可能性が高いです。仮に、「死の谷」を乗り越えられなかった際に、企業だけに止まらず経営者自身も追い込まれる状況になりかねません。
対して、VC(ベンチャー・キャピタル)からの資金調達は、難易度は高いものの比較的この時期にも適している資金調達方法といえます。ただし、この場合は経営権を失ってしまう可能性もあるため、株式の発行の仕方には十分に注意しましょう。
小規模からでも売り上げを出す
次に、売り上げもキャッシュを増やす有効な手段といえます。
シード期から顧客を明確にし、小さな事業でも構わないのでキャッシュを生み出す仕組みを確立しておくと、いざという時に助けになるキャッシュを生み出すことができます。資金が潤沢でない場合には、あまり時間をかけてしまうのは大きなリスクとなりますので、トライ&エラーを繰り返す気持ちで、臨機応変に小さなところから事業を開始していきましょう。
バックオフィスを整える
バーンレートを下げるためには、毎月の支出を下げて経費削減を行うことが必要です。そのためには、まずはしっかりとバックオフィスを整えて、会計や経理が機能するようにしなければなりません。アーリー期のベンチャーの場合、こうしたバックオフィスなどがうやむやになりがちですが、月次決算を怠らないようにしましょう。
「死の谷」を乗り越えるための3つの方法

最後に、実際に「死の谷」に直面してしまった際に、それを乗り越えるための3つの方法を解説します。基本的には、先に述べた事前対策と似ている部分がありますが、すでにお分かりのように、「死の谷」というのは一言で言ってしまえば「資金の問題」です。これを解決するための方法というのは、むしろ次に解説する3つの方法しかないと言えるかもしれません。
経費削減
まず、経費削減のために支出の見直しを行いましょう。しかし、現在の日本企業では、マネジメントスタイルがすでにスリム化されている場合が多く、いざ削るとなってもそこまで削れるものがないという場合も多いでしょう。もちろん、少しでも無駄なものを削っていくことはとても重要ですが、効果は限定的な場合がほとんどです。したがって、他の施策と組み合わせて実行していくことが重要となります。
資金調達
兎にも角にも資金がなければどうにもなりません。資金調達については、一般企業の場合はいかに経営陣を納得させるかが重要となります。
状況にもよりますが、新規事業を進める上で予想以上に資金が必要になってしまった場合、状況を明確に説明し、経営陣に納得してもらい、追加の資金調達に漕ぎ着ける必要があります。
ベンチャーやスタートアップの場合でも、もちろん経営陣を説得することも必要ですが、会社自体の資金に余裕がない可能性が高いため、上で述べたような外部からの資金調達を考える必要があります。
また、黒字化の目処が立たない場合には、プロジェクトの一時停止ということも視野に入れる必要がある場合もあります。
早い段階で収益を上げる
事前準備の話の中でも、小規模からでも売り上げを出す、という話をしましたが、早い段階で収益を上げることはここでご紹介している対応の中でもっとも注力したいものです。
早期の収益が見込めない場合によくみられるケースとしては、製品やサービスのクオリティをあまり追求しすぎてしまったせいで、実際のリリースが遅くなってしまうことです。これに関しては、完璧な状態でのリリースに拘らず、まず市場に出すということをプロジェクトの初期段階から意識しておくことが大切です。
もちろん、製品やサービスをリリースする上で完璧さを求めることは間違ったことではありませんが、実際に市場に出してみないとそれが本当に売れるのかどうかというのはわからないというのが事実です。特に、VUCAと呼ばれる先の読めない今の世の中の場合、このような事実はより顕著です。まずは、市場に出すことを優先し、その上で消費者の反応を見ながらリアルタイムでブラッシュアップしていくことも決して遅くはないのです。
まとめ

本記事では、新規事業を立ち上げる上で直面しやすい障害の一つである「死の谷」について解説をしました。
「死の谷」の要因は「資金不足」に帰着します。経費を見直し出費を最低限に抑え、早期の段階から収益を上げることを意識して進めていくことで、新規事業の生存期間を延ばすことができます。まずは、しっかりと事業が生き残ることを最優先に置き、その上で優先順位を決めて取り組んでいくことが重要なのです。
ぜひ本記事を参考に「死の谷」を理解し、それを避ける、もしくは乗り越えるための方法について考えていただければと思います。
コメント